冬休みに入る前に、今日は子どもの学校で3者面談。
2009年も残りあと20日だにゃ~。
わたしは今年、何度学校へ足を運んだことだろう。
だんな亡きあと、唯一にして最大の願いはふたりの子どもたちが笑顔で
いること。
それだけ。
それだけなんだけど・・・。
笑顔が消えてしまったんだよねぇ。
はじめはこの年代の女子にありがちな友だち関係のトラブルだと思って
静観してた。
実際それもあったんだけど、だんだん学校に行けなくるほど元気がなくなり、
それまで毎日張り切って練習していた部活も辞めてしまった。
そうなると静観なんてカッコつけてられなくなって。
学校に電話し、手紙を書き、担任の先生と面談し、それでもどうにもならず
学年主任や教務主任とも面談し、不登校に関する書物を読みあさり・・・。
少しずつ学校には行けるようになったけど、以前の明るさは戻らずずっと
ふさぎこんだまま。
家の中でモノにあたったり暴れたり、極度に甘えてきたり、そうかと思うと
一言も口をきかなかったり。
今もそんな状態を行ったりきたりしてる。
きっとね、
学校に行く、行か(け)ないなんて表面的なことだと思う。
大好きだったお父さんが突然いなくなって、新しい環境の中で子どもたちも
精一杯がんばっていたんだ。
新生活が落ち着いてきたぶん、一気に悲しみが押し寄せてきたんだろう。
わたし自身もそう。
それでもわたしは一応オトナだから、寂しくなったら会いたい人に会える。
どこか行きたいところがあれば行ける。
おいしいもの食べたり、ライブに行ったりできる。
たまには下ネタトークで盛り上がって(たまには?)気を紛らわすことだって
できる。
だけど、まだ13歳の彼女が行き場のないつらい思いを抱えて、いったい
どうやって発散できるっていうんだろう?
心の中のもっと深いところで鬱々としてしまうのは仕方がないことだよね。
彼女の感情が激しく起伏するたびわたしもオロオロして(←エロエロじゃないよ)
そりゃもうイロイロ(←エロエロじゃないよ)考えたりした。
でもこれも長い目でみれば、彼女の人生のうちのほんの一瞬だと信じたい。
きっとこの子なら、乗り越えてくれるはずだと。
わたしは時間をかけてゆっくり見守ってあげることしかできない。
それが本当に難しいんだけどね。
まぁ、その間のわたしのストレスは周囲に当り散らしてすっきりすれば
いいんだし(え?)。
わたしは運勢とか占いのようなものはあまり信じてないけど、もっと大局的な、
運命とかさだめのようなものは人が生まれたときから決まってると思ってる。
だんなが亡くなったこともそう。
きっと何か意味があるはず。
不思議なもので、結婚していたときは一年に一度電話で話すか話さないか
くらいの間柄だっただんなのお兄さんと、いまではしょっちゅう連絡とりあってる
のは間違いなくだんなが遺してくれた財産。
子どものことを話したときも、
「日本の学校でうまくいかないならアメリカに来ればいいよ。
なんだったら明日の飛行機で来る?
どんなことでもne4eが決めたことなら賛成だから。」
と言ってくれ、受話器握りしめて号泣したよ。
両親とあまり良好だとはいえないわたしにとって本当に心強い家族なのである。
つくづく、生きていると、しんどいことがたくさんある。
何が起こるかわからない。
それでも、一日が平穏で、心から安心してくつろいだり、満たされたり、笑ったり、
しあわせをかみしめることができる日だって少なくない。
2009年にもそういう穏やかな日がたくさんあった。
だから生きていける。
というより、目には見えない何か大きな力に生かされているのかな。
神さまはちゃんと試練とご褒美を交互に与えてくださるのよね。
さぁ、そろそろご褒美もらってもいい頃じゃないかな~。
まだかな~。